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ビジネスモデルまにあ

【意識高い系の若者達へ】なぜ、“経歴詐称”をしてはいけないのか?

この週末は、ずっとモヤモヤしていた。

 

何故なら、選挙期間中だから・・・という訳では全くなく、

私も過去に会う可能性が十分にありえる程の距離感の

通称:意識高い系の若者の中心人物のカミングアウト事象があり

後生のために私自身が思ったことを勝手にツラツラと書き残しておきたい。

 

考えるキッカケになった事象のリンク:

「塚本廉」が嘘だったんじゃない、全部が嘘だったんだ

東大卒の起業家の塚本廉さん、中卒ニートだと自白するも、それすら詐称の疑惑あり

togetter.com

 

予め断っておきたいが、このブログは、

未来あるこれからの若者に向けての120%の愛情の気持ちで書いている。

現在の自分よりも若い世代である、

希望あふれる学生や若者たちに向けての精一杯のラブレターのつもりなので、

37歳以上の私よりも諸先輩のみなさまは、黙ってスルーして欲しい。

 

では、タイトルの問いかけを改めて。

 

『なぜ、“経歴詐称”を、してはいけないのか?』

 

○そもそも、誰に具体的にどんな迷惑がかかるのか?

・会社の同僚、顧問先

『同じ穴の狢』という諺があるようにその企業で働く方々や法人格までもが

社歴、経歴や事業についての内容を詐称している状態ではないかと疑われます。

逆説的ですが既に大きな詐称をしていた当事者が在籍(または関与していた)組織なのですから、

同じような社員がいるのではないか、法人自体が信用できないのではないかと思われるのは当然でしょう。

このような法人格の信用毀損は、取り返しのつかない状態になるケースもあります。

私も近しい事案で3千万円規模の損害を受けたという知人経営者を知っていますし、

世間的には芸能人の同様の事象ではスポンサーからの違約金などで、

数億円を・・・というニュースも実際に起こる事です。

会社は信用を無くすと立ち行かなくなりますので、特に注意が必要です。

 

・取引先

取引をしている法人やその窓口をしている担当者には大きな痛手となります。

既存の取引停止、または、担当者自体が減給などの罰則を受ける可能性があります。

少なくとも、それ相応のペナルティは受けてしまい、

自社法人の被る被害以上に関与先の風評被害も含めて、影響が出ることでしょう。

 

・取材してくれたメディア記者、及びメディア自体

取材をした記者は、上司や所属部門内で本事案の説明を求められ、

それがマイナス点となり、出世が遅れることもあり得るでしょう。

そのメディア自体の影響範囲が大きい場合は、

謝罪広告などの対応がされ、実害が出ることとなります。

 

・メディア・イベント等での視聴者・聴衆者

取材で語っていたこと、伝える内容が素晴らしいものであれば、

聞いた聴衆の方々は感化されることでしょう。

それを機に、その話を聞いたことを周りの人に伝えたり、詐称した人物評を

発信したことで、その発信者自体の信用を毀損することになります。

発信者の以後の発言がまわりの方から疑って見られるようになるでしょう。

 

・プライベートの友人達

その人の友人であるという事実から、友達の友達が経歴詐称をしていたから

、彼のまわりは怪しいという印象を持たれ、友人自身の交友関係、

および、仕事関係者からの信用を毀損してしまうでしょう。

『友人だから肩書きは関係なく付き合うよ』という人をSNSでよく見かけますが、

実際には、そんな人は1%以下でも居たらば大変に貴重な状態ではないかと思われる。

多くの人は関係を絶って去る事になる。

『類は友を呼ぶ』と他の他者から思われるからだ。

 

○信用とは何か?

『信用』という社会の仕組みビジネスをある程度しているはずの諸先輩方からすると、

信用の大事さは、特にいう言及する必要はないだろう。

学生の方々からすると信用の有無ではなく、飲み会の席が一緒だったとか、

友達の友達だからというようなユルイ程度から付き合いを始めていることだろう。

だからこそ、社会的な信用なんて者がよく分からなくて当然である。

 

そのために、ここで例え話をする。

もしあなた自身が、東京大学の教授になったとしよう。

あなたと知り合う人たちは、あなた自身を知り合う過程で、

一流大学の教授職という肩書きによって第一印象から信頼を持ってくれるだろう。

これは有名な大学に所属していることも、上場企業や老舗企業に

勤めていることも、弁護士などの資格を保有していることも同様の作用があると思う。

その初対面からの信頼や信用がある状態を得られるのは、

その役割の責任を併せ持っているからに他ならない。

もしも、その肩書きを用いて、嘘を言ったり、犯罪行為を幇助したり、

自身が罪を犯す事になった場合には、その損失は計り知れないからである。 

ちなみにもっと分かりやすく実生活での信用がない状態を説明しよう。

信用がない人は、金融機関からお金が借りられない(借金ができない)、

クレジットカードがつくれない、不動産が借りれないという事態が平気で起きる。

差別のない平等な社会が良い!と言う主張には私も共感するが、

実際には、不動産を貸す側だったり、銀行に預金をする債権者である場合に

そのような綺麗事を同じように言えるのだろうか。

信用がない者にお金や資産を預けたり渡す事ができる聖人が多い世界は

短期的には多くの人から評価されだろうが、

残念ながらその世界は長期的には継続せずに破綻するだろう。

 

 

○結論のようなもの

今回の一件で、九州大学京都大学、各地域の若者達が、

彼を信奉していたと言うことを関係者に聞いた。

今回の一番の被害者は、取引先や関与先、メディアではなく、

私は、聴衆や彼によって希望を抱いた若者達だと思っている。 

 

そもそもなのだが、これからの未来を担う若者たちを指して、

年齢だけ重ねて態度で大人ぶった大人たちが“意識高い系”と揶揄することは

非常に不快でもあり、私自身も普段は気をつけて使わないようにしている。

ただ、本事案が起きてしまったことは、この表現自体が

今回のようなことが起きることをある意味で予見していたように思う。

 

若い時期には何もないものだ。そりゃみんなそうだ。

だからこそ、ハイスペックな若手はキラキラしているのだ、希少価値が高いから。

でも、若者には若者として、まだ何もなくて良いと思う。

なんしろ、生まれてからの月日が短いのだもの。

でも、その代わりにいっぱい良いモノを持っているのだ。

体力と気力、美しさと潔さと瑞々しさ、あらゆる事に精通する可能性・・・

素晴らしい人生がおくれる未来への豊富な時間がある。

 それだけでとても凄い事だし、羨ましくもある。

 

そして、だからこそ、お願いがある。

ミドルエイジになった初期おじさんの小言と思って

祈りとして聞いてほしい。

 

安易に嘘をついたり、経歴やら実績やらを詐称しないでほしい。

信用を得るショートカットのつもりで

アレコレと実績やキャリア、交友関係を偽わらないでほしい。

心からお願いしたいのだ。

君の未来をデザインできるのは、君自身しか出来ない、

そして、それを行うにはそれ相応の時間がかかるのだ。焦らなくて良い。

 

最後に、今回の事案に関わらず経歴詐称の関係者へのメッセージを書いておく。

 

○『経歴詐称』をした、またはしている君へ

今すでに詐称していると自覚のある君は、すぐにでもカミングアウトして欲しい。

取り返しがつかなくなる前に。

最初は誰もがそこまで大きな〈悪気〉があったわけではないだろう。

でも、嘘を重ねていくうちに戻れないところまで行ってしまう事で

大きく不幸な状態を自身とまわりに招いてしまう。

その影響の大きさは、君の予想なんかをはるかに超えたものになる。

だからこそ、今すぐにウソをやめて、カミングアウトして欲しい。

それしか、今から復活する道はない。

嘘をつく人と友達になりたい人や取引したい人は1人もいない。

 

○『経歴詐称』をしてでも成り上がりたい君へ

絶対に嘘をつかず、コツコツと目の前の仕事や趣味で実績を積み重ねよう。

メディア取材やらまわりの友人からの評価なんてのは、

ちゃんと頑張っていれば周回遅れで必ずついてくるものなので。

成り上がりたいという君自体のハングリーさこそが価値であって、

経歴や学歴、職歴なんてのは付き合う相手の信用を

スキップして早く得るため、距離を近づけるための魔法なのだ。

でも、その魔法は自分自身で必ず作れる。

今の行動の後に、道が出来て、それ自体が君の自信になる。

もう一度言うが、今取り組んでいる目の前の仕事や趣味で成果をだそう。

そのことだけが、君が君として自立していく最短の道になる。

 

○『経歴詐称』をした友人がいる君へ

友達を大切にしよう。

でも、それは甘やかすことではない。

それ相応の罪を償う必要がある。

罪の償い方は、三種類しかない。

・金銭的な償い(罰金、損害賠償請求など)

・社会的な償い(精神的キツい状態を数年以上を甘んじて受け乗り越える)

・肉体的な償い(肉体的な労働や身体の自由を奪われて刑務所などに収監される)

 

これらを経て、彼が償いきった後からは、

また受け入れて遊び相手になってやれば良いだろう。

罪を償う前に中途半端な許しをするようでは当事者自身の再起へ寧ろ逆効果になる。

 

○『経歴詐称』してた人を評価してしまった君へ

残念でしかない。

自分の見る目のなさを大きく社会に知らせてしまったが、

それはそれで自己理解には繋がったはずだ。

余談だが、私は過去に友人の経営者に刑事事件にその後なる犯罪者の

ニセ資産家を紹介された事があったが、

彼はそのご自分の見る目のなさを悔いて、人の紹介をするのを辞めたようだ。

賢明であると思うし、人の紹介をするということは、

自分の与信も同じく掛けているのである。

日本では、人の紹介の価値が低く扱われているなぁと思うが、

安易に人は紹介しない方が良い。

あなたが介在したことで良い出会いになったならば良いが、

そうではない事が圧倒的に多いので結果自分の信用も毀損するのだから。

 

 

最後の最後に・・・

私のいるベンチャー業界というのは、外からはキラキラして見えることも多く、

また実際に、国内外の有名国立大卒、MBAホルダー、有名な起業家、

素晴らしいキャリアの方々が本当に多くいる世界だ。

ただ、ある一定数はウソのキャリアの人もいるのだろう。

採用面接などであう人の3割程度は多かれ少なかれ詐称しているくらいの割合で

あり得ると友人のベンチャー経営者が吐露するほどには、私も確かに多い印象がある。

若者たちが大人ぶったり、背伸びなんてしなくて良いのだ、

最初の期待値はあえて低めにでもしておいて、結果や実績で示せば良い。

 

こんなことで“意識高い系の若者”が潰れるのではなく、意識が高まったのならば、

行動を起こそう、実績を作ろう、小さなことからで良いからまず始めてみよう。

 

 

余談として、参考に採用後に嘘の経歴だと解雇できるかどうかの記事を貼っておく。

【弁護士監修】採用後に経歴詐称が発覚した場合の対応法。解雇は可能?

 

人の得意・不得意を分類するやり方を閃いた!

私は、経営者もしている。

社員として勤めてくれている仲間もいて、日々楽しいし、嬉しい。

 

そして、私は過去に社員だった時代もある。

また、個人事業主的な働き方もしていた時代もある。

  

その時々に、自分のチカラを高めようと試行錯誤してきたし、

仕事で関わる人たちから多くを学ばせてもらってきた。

その得意・不得意的なビジネスマンのスキルを理解する、

そして、それを活かして教育を施したり、

また、チームを組んだりすることが実はとっても大事なのだと思うのでした。

その為に、今回は、ブログでその閃きの情報をまとめてみました。

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では、早速、分類する4つチカラのカテゴリをみてみよう。

①【話すチカラ:Speaking】

②【聞くチカラ:Hearing】

③【書くチカラ:Writing】

④【読むチカラ:Reading】

この4つである。

 

また、この4つはそれぞれが対になっている。

①【話すチカラ:Speaking】

    ⇅

②【聞くチカラ:Hearing】

 

③【書くチカラ:Writing】

    ⇅

④【読むチカラ:Reading】

 

それぞれが対になるのは、イメージがわくだろう。

①と③は、出力(アウトプット)行動である。

一方で②と④は、入力(インプット)行動である。

 

さて、誤解のないように言いたいこととしては、

これは“偏り”であってそれぞれは良し悪しの優劣ではなく

ある意味の特徴であって、MECEに分類するのに便利なのである。

 

・【櫻木型】

①+②+③+④の全てがあるタイプ

この4つの力が全て高い人というのはまさにプロフェッショナルである。

こういう人は、本当に素晴らしいし、仕事がしやすい。

当然ながら、全てを満たしているので、結局、誰とでも上手くやれるのだ。

出来るならば、こういう人物を身の回りにいてほしいものだ、

いつもオンライン秘書、アシスタント的に動いてくれる

櫻木君はまさにこのオールラウンダーなタイプで感謝しかない。

 

・【成松型

①+②があるタイプ

このタイプの人こそ、昔(クックパッド勤務時代:20台前半)の私です。

ちょっと昔話となりますが、クックパッドに入社して、

10歳以上も年齢が上の同僚に囲まれていた為、分からないこと、出来ないことは

周りの人生の先輩に聞くとだいたい解決することができました。

非常に恵まれた環境だったなと後で気づくのですが、

主に担当するのは、大手ナショナルクライアントのメーカーで

花形である商品担当ブランドマネージャーやマーケティングに従事される

社内でもトップクラスに素晴らしく優秀な方々でしたので、

私のような若造でもビジネスはとてもスムーズに進む感覚を持ちました。

一般的にいうとビジネスマンタイプとして営業や渉外系の業務を

専門としている方は、まさにこのタイプだと思います。

会話が得意で、相手の要望や期待をしっかりと受けとめることができます。(②)

また、それを自分の言葉で言い換えて、相手方に伝え、

要望のすり合わせを行うことで打ち合わせを通じてクライアントの要望を

自分の中で理解して言葉で表現することができるようになります。(①)

中小企業の経営者や営業出身のトップセールスが得意な会社に多い気がしますが、

このタイプの方は勢いもあるので、営業組織や代理店ビジネスには向いています。

私が、今仕事を一緒にやっている成松さんは、まさにこのタイプの方です。

体育会系出身でもあり、受け応えもハキハキと対応してくださる、

ヒアリングもスピーキングも良い方です、いつもありがとう。

 

 

・【高橋型】

③+④があるタイプ

このタイプの人は、エンジニアに多いように思います。

また、私の思い出話でいうとランサーズに勤務して

鎌倉に住んでいた時代(2012-13年)こそが、

この③+④のスキルを意識的に強化した期間でした。

具体的に何故かというと、ランサーズでは、

提供するサービスや商品が、名刺デザインやロゴ作成、ライティングなどという

非常に小さな規模の仕事が流通していました。

それまでのクックパッドでは数百万円以上の仕事が平均でしたが、

ランサーズでは数万円単位であり、1件ごとの案件や仕事に手をかけていられません。

その為、個別クライアントの割ける時間やリソースは限られています。

それに対しての私がやるべき業務としては、

広報業務であり、情報を幅広くに文字情報で伝える

ライティング能力を高める必要があります。

toCのサービスもそうなのだと思いますが、

文字情報や全体への情報発信・伝達のスキルこそが

非常に重要になるということを身に染みてわかって行く厳しい時間でした。

2012年は一年をかけて本当にゼロベースで、

それまでの自分のスキルを再構築して改めて学び直しをすることとなりました。

具体的にいうと“広報”というそれまで未経験だった業務を習得する為、

広報専門書を五〜七冊を一気に読み、業界の先輩にコンサルをしていただきました。

それまでの人生で後回しにしてきた③と④のスキル、いわゆる、大学までの入学に

必要となるスキルの重要性について、よくよく身に染みて理解することとなりました。

ちなみに、例示として高橋くんという

東京大学卒の素晴らしい文章力があり、またネットでのググり力がある

パートナーメンバーがいます。彼なんかは、まさにこのタイプです。

彼は、ライティング能力があり、情報収集と分析能力が高くとっても優秀です。

ただ、電話での状況確認を依頼をしたりされたり、

定期的な打ち合わせをして物事を進めていくのはちょっぴり苦手な印象があります。

 

 

ちなみに、①だけ、③だけの人がビジネスをするのは、かなり厳しいです。

なぜなら、外部からの入力情報が少ない為に、非常に理解することが難しく、

ビジネスマンとしては・・・成立しないかもしれません。

 

②だけ、④だけの人は・・・他の人へ理解していることを伝える力である、

①と③がないと残念ながら、情報を受け取れないので、、、

テレパシーの技術か、マトリックス的な世界にならないとわからないかもしれません。

 

あまりに長文になったので、一旦、ここまで。

これをどういう風に活用するかは、また、別途ブログにまとめようと思います。

 

では、また。

 

追記:

これ、昔噺の『桃太郎』のイヌ・サル・キジの3種の部下について、

同じように表現できるなと。櫻木型は、イヌ型でオールマイティ。

松型は、サル型で営業タイプ、高橋型は、キジ型でしょう。

 

 

初体験:アートコレクション展を開催してみて思うこと

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2019年3月14,15,16日の3日間。

 

【私による、私のための、私的なアート展】が

無事にとっても素敵な形で終わりました。

3日間のうちにお越し下さった皆様、ありがとうございました。

 

今回のイベントは一言で言うと

 

 

 

・・・最高でした!!  

本当に良いですね、好きな物に囲まれる空間は。

 

たぶん、都内から離れた後に別の地でもこの様な空間を創りたいと思いますし、

また、コレクションをご紹介する機会を持ちたいと思います。

 

 

本日17日から東京を離れて、

13年程に渡って暮らした東京生活を終えます。

これからは時々都内、基本都外で暮らします。

本当にありがとうございました!

また、皆さまに逢える日を楽しみに。

 

そして、さらに素晴らしいことに

今回のオープンセッションが、色褪せない想い出の映像になりました。

 

 

今回のクラファンで応援してくれた皆様、

motion-gallery.net

オープンセッションにお越し下さった皆様、
登壇くださった池内さん、小松さん、梶川さん、

201903-gal.peatix.com


そして、素敵な映像に纏めてくださった堀井さん、

本当にありがとうございました!

 

 

 

www.youtube.com

 

今回関わってくれた皆さんのお名前を御礼までに、ご紹介をさせていただきます。

 

Artist:

Aiko Morimoto

Arisa Oguro

Bairei Kono

Hiroko Joshin

Hokuto Tamamura

Haruka

Haruo Mitsuta

Iki Kinjo

Rieko Kawabata

Seite Watanabe

Tomo Ando

Makoto Aida

Masao Gima

Mrs.Yuki

Yoshikazu Kajikawa

Yasuka Kojima

Yuko Kohayakawa

 

Sponsor

Hirokazu Taniguchi

Junichi Sugihara

Katsuo Sugimoto

Katsuya Hirose

Kazuhiro Kimura

Keisuke Uchida

Masami Goto

Nami Nakayama

Tetsuo Yamanaka

Toru Miyazaki

Yoichi Imamura

Yuito & Minami

Yuji Tsuchiya

Yuki Suzuki

Yusuke Sakai

 

Guest:

Junya Komatsu

Tsutomu Ikeuchi

Yoshikazu Kajikawa

 

Staff:

Ikuma Horii

Masaya Inoue

Mayumi Chiba

Yuji Tsuchiya

Ryota Sakuragi

 

1st Art Collection  by Goushi Yamaguchi

 

次回も、お楽しみに^^

『泣いて馬謖を斬る』を実体験した話

人生、生きていれば、色んなことが起きます。

 

そして、今月初旬も、ま・さ・に・・・そういう日々でした。

共同代表をやっている、ある法人でその事象が起きました。

 

それは【同格の代表が退任】という一大事。

私としても、初めての経験であり、

非常に重い決断と対応をすることとなりました。

 

そもそもが私以外の2人がやっている法人に

私が後からやってきて3代表制にした会社(と言っても、まだ1年半ほどですが)で、

直近でも色んな面白い取組ができて盛り上がっている状況でした。

 

新しいスタッフも増え、また、取り組める案件の規模も増し、

まさにこれから、という矢先の出来事でした。

 

しかし人間の社会、既に前例というか、そういう事はあったようで

神様は、ちゃんと、水前寺清子さんにいい言葉を伝えてましたね、ええ。

『3歩進んで、2歩下がる』

  

我々は気づかない間に、3歩進んでいたようです。

今回の事態は、2歩後退なのかどうなのか、

結果として物凄い後ずさる事になりました。

 

なにせ、共同代表の退任ですから。。。

 

『泣いて馬謖を切る』という故事成語の意味を

今日ほど染み入って感じることは過去に無かったように思います。

 

ただ、今回の事態の初段は完全に我々側に落ち度があり、

また、本来であれば、ちゃんとご迷惑をおかけした

先方へ伺っての謝罪というのが筋だと思ったのですが、

そういう形すらも対応のお断りから出来ず、

結果として数日が経ってしまったことが悔やまれます。

 

言い訳としては本件に関して関係者があまりに多く、

我々が直接に繋がっている関係者先のみであれば良いのですが、

間接的な依頼先やすぐに連絡がなかなかご多忙な方も多いため、

正式な発表までの時間がかかってしまったことは、我々のチカラ不足な為です。

そもそもが予定を事前に押さえてもらっていたことが

こちら都合でキャンセルになるというのを関係者に連絡する前に

自らで勝手に発表するわけにはいかなかったという大人の事情です。

 

 

改めてになりますが、今回の一連の事態は、

それもこれも、初動として彼の自身の‘身から出た錆’であり、

全ての責任は彼であり、彼と同じ船に乗るチームである我々にあることは自明です。

それだからこそ、非常に辛く、悲しく、悔やまれるのです。

何故、私から彼に大事なことを教えられなかったのか、伝えられなかったのか、と。

単純に私自身が未熟である査証ではあるなと思うのでした。 

 

会社は、【『ヒト』と『仕組み』の2つ】で出来ています。

 

この会社で目指そうとしている、

【それぞれが独立している状態で自立・分散・協調する】というのが

我々の会社としてのスタイルでした。

 

だからこその本件のような事象になったのですが、

一方で、その【自由な個人意志で動ける】という仕組み自体は変えたくないな、と。

個人のスキルや自主性を認める組織が世界に1社くらいあっても良いじゃないか、と。

 

そういうメッセージを実際に行動で示すこと。

 

今回は、自由と責任のバランスがあり、

自由に自己責任で進めてしていた分、個人としての責任は重く、

それ故、大きな決断をして、自らが身を清める他にないだろう、と。

 

今回の決断に対しては、各方面からのご意見に対して

私自身も非常に身につまされることが多くありました。

 

こういう形にはなりましたが、まだまだ、私自身が齢35歳になっても、

苦言・諫言にて私達を叱咤激励くださる方々にこそ感謝をして行動で示したいと思います。

 

最後まで勝手な自己都合の良い話にはなりますが

【罪を憎んで人を憎まず】 とも人の世では言われておりますので、

彼のこれからの活動を見守っていただければ個人的にはとても嬉しいです。

 

この事自体は、後世に【逆境のビジネス略歴】の続きの

序文になるかもしれないエピソードになることでしょう・・・。 

(本件に関しての各社の対応やそれぞれの担当者の発言を含め、

事の顛末は、ちゃんと忘れず、語り続ける事こそが私の生きる役目。)

  

上記事象に合わせて読みたい記事:

日本のVCの投資額が米国の50分の1なワケ | プレジデントオンライン

「日本は既存勢力に甘く、挑戦者に厳しい」小泉進次郎さんの発言が話題に | チャンネル「てみた」

忖度(ソンタク)とは - コトバンク

 

 

 

 

 

さて、余談と追記として・・・

私事となりますが、今まで大変お世話になった東京という街を離れる事にしました。

 

いつでも気軽に皆さんに会えない非常に残念ですし心苦しいのですが、

その後も毎月1週間程度は都内に滞在する予定ですし、また、その時にでも

お茶とか餃子とか・・・いわゆる飲茶とかに一緒に行って頂けると嬉しいです。

28年ぶりに、父から届いた手紙に号泣した話

3年前のある日に、突然のfacebookのメッセージが届いた。

 

送り主は全く知らない方で、メッセージの内容に目を疑った。

そこには、父親の話が書かれていたからだ。

そして、送り主の方からは、

恩師だった山口茂嘉先生の息子さんの、『ごうちゃん』ですよね?と。

そして送ってくださったファイルにあったのは、

1988年頃に父が寄稿した幼児教育の業界誌でのコラムだった。

 

その原稿で、生前の父親の口調が思い出される文体と、

文章の中で表現された自分の幼少期の逸話がとても鮮明で、

ただただ、嬉しい気持ちと、この送ってくださった教え子の方の

父親への敬意を感じて改めて父親の偉業を感じるのだった。

 

今の自分の日々の色々な活動も、きっとどこかで誰かは見ていて、

私のいなくなった後の世界で、子供達に私の生前の活動を伝えてくれると心底嬉しい。

 

そう言う生き様でこそ、生きていた証を残したいと思う。

 

では、是非とも、ご一読くださいませ。

今から30年以上前の活き活きとした父親と私の話を。

 

 

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いかがでしたでしょうか?

 

内村鑑三氏の著書『後世への最大遺物』ではないですが、

人としての生き様こそがやはり残るべくして残るものだなと思うのでした。

 

さぁて、今日も頑張ろう!

 

『Art is long , life is short.』だからこそ、必死に今も行動してる

高校生時代から、何故だか、この言葉がすごく好きだった。

 

『Art is long , life is short.』

 

直接の字ズラがカッコ良かったのかもしれないし、

意味も、中国の古語である【少年老い易く学成り難し】というのも、

なんだか、学生時代の自分を鼓舞するようで好きなのだった。

 

そんな青い春から、時間がだいぶ経った。

つい数日前に35歳になったのだ。

 

ちょっと前のブログの内容の続きでもある。

54.hatenablog.jp

 

別にアラフォーとか言われる歳でも、何も変わってない。

おそらく高校生くらいのメンタリティとか、アホな感じとか、

ヤンチャでイケイケどんどんって思っているところとか、別に変化ない。

ちょっと、体型的には、その頃から比べると20kgは増えているから、

立派な成人男子感はあるけど。(苦笑)

 

さて、改めて、

『Art is long , life is short.』

この言葉だ。

 

私には物心がついた頃(多分、3歳とか?)から夢があった。

それは、昆虫博士になる!というものだ。

 

愛読書が昆虫図鑑であり、

趣味が昆虫採集であり、

ほぼ全ての時間を虫いじりに使っていた。

それがとても幸せで満ち足りていた。

その気持ちのまま、21歳になるまで、なんだか時間だけ経った。

 

そして、父が死んだ。

 

それからは、激流みたいに、あっという間に時間が過ぎた。

日々巻き起こる過酷な現実と向き合って、

自分の力を最大限に発揮して今まで生き抜いてきた。文字通り、生き抜いて。

一昨日発売された自叙伝にも書いたけど、元来は何でもない、只の小僧だった。

 

21歳の私は最初に行ったことは、過去の自分の全ての否定だった。

それまでは、自然科学(サイエンス)というお金にならないこと、

短期的には意味も価値も見出せないものに夢中になっていた。

夢中になれたし、それを受け入れてくれる環境だったし、とても恵まれていた。

 

それが一変して、父親がいない世界が急に訪れて、

金銭的にも、精神的にも、追い込まれていった。

いろんなそれまでの現実の方がフェイクだって気づいた。

親に、周りの人たちに、とても大事に守られていたのだ、と。

 

とにかく、金になることを、誰もが分かり易い数字を追いかけて、

実績をつくることだけが私の全てになった。22歳、休学をして、

同級生に遅れて卒業をするなんてそれまでの自分では有り得ないダサいことだった。

でも、目的があるから出来た。

俺は、若くして頭角を現す、絶対に成功してやる、と。

しかも、ここで言う成功とは、

金銭的な、分かり易く余裕がある状態に絶対になると言うこと。

それからは、アートやサイエンスは全否定した。

一切の無駄を排除して、とにかく、仕事と数字に向き合った。

目に見えない世界やマインドに蓋をして、それまでの正義なんてのはゴミ箱に捨てた。

とにかく、大人の世界、ビジネスの世界で成果を出す、只一点そのことだけのために。

 

だから、前々職も、前職も、結果にだけ拘って、時間も労力も惜しまずに、働いた。

死に物狂いだった、それが生きる全てだった。

 

そして、結婚をし、子供が生まれ、普通に大人になっていた。

改めて、無駄なものとして、蓋して来たもの達と自ずと向き合うことが増えていた。

それはずっとずっと欲していたものだったし、無意識下で耐えて我慢していた。

 

私の中での長年の蓋が取れる時期に来ていると思った。

33歳まで、とにかく、成果と結果を求めて猪突猛進に一人で突っ走ってきた。

一昨年から、チームになって仕事を改めてするようになって、より可能性が広がった。

 

今も、仕事は大好きだし、数字や短期的な成果は大好物ではある。

 

でも、それだけじゃないこと、もっと長期的な価値ある産物や、

数字という定量的なものではなく、

感覚や感性、美しさのような定性的なものが

人生にはとても大切なんだと気づかされた。

 

たまたま友人の紹介で知った古美術の世界は、

数百年以上も前の銘品や歴史書で読んだ偉人の書が豊富に残っていることを知った。

また、驚くほど手軽に、それらの品は商われており、

ちょっと背伸びすれば、買えるような価格なのである。心底、驚いた。

渡辺省亭という、日本が初めて出店したパリ万博の際に渡欧して3年間の遊学をし、

西洋の美術界にも影響を与えた偉人の掛け軸が、軽自動車よりも安く買えるのだ。

100年以上の、素晴らしい作品なのに・・・(汗)

 

また、現代美術の銘品も数多い。

本当に神の手と思えるような、素晴らしい作品を20,30代で創っている。

本当にすごい人たちが同世代や若手にもいるのにも驚かされた。

アートというものの奥深さと、そこに圧倒的な情熱をかける作り手がいることに

ある種の憧れと羨ましさと、心のそこからの敬意が込み上げた。

彼らのような営みが人生には必要だと思ったし、それこそが潤いだと感じた。

特に、昆虫好きの私には、とんでもない程に彼は魅力的だった。

満田晴穂さんは、年齢も私より少し上なだけで、まだまだ若手の芸術家だ。

 

とにかくすごいので、騙されたと思って、彼のすごい作品をとくとご覧あれ!

実物品はこんなネットで見るのには、比べ物にならない!マジヤバイ!(汗)

m-haruo.com

 

そして、まだ、20代だか、30歳になったばかりかという、

森本愛子さんの日本画は古典的なのに新しい構図で

正倉院にあっても良いのに、家の壁にかかっててもカッコいい。

なんとも不思議な優雅さがあり、ハマるのだ。特に昆虫がカッコいい。

www.google.com

 

そして、何と言っても、私をアート蒐集家にするきっかけをくれた作家は、

梶川能一さん、その人なのだ。

 

彼の絵は、画像じゃ全然面白みが伝わらない。

実物にこれほどまでに迫力と勢い、ある意味の所有欲求を刺激するものも珍しい。

とても画力があるというか、そのまま存在感がすごいのだ。

是非とも、実物を見て欲しいし、彼の人柄も含めて感じて欲しい。

サイコーなのだ。

www.google.com

 

だから、長くなったのだけど、私はアートとサイエンスの世界に戻ります。

日々をより暖かく、充実した血の通ったものにすべく、

もっと定性的な表現で曖昧模糊としてて、でも、心地好い世界へ。

そういうものが結局は自分が好きなのだなと思ったので。

 

私の恐らくは、ウン・・・万円分で、きっと未来は凄い価値になるだろう、

愛情あふれるコレクションたちを一堂に集めたコレクション会を都内でやりたい。

そして、できれば、そういう機会を皆さんと分かち合いたと思いました。

 

だから、このようなクラウドファンディングをはじめました。

motion-gallery.net

 

今まで通り、身勝手なのですが、どういう皆さんからの反応があるのかを

素直に受け止めてみたいと思いまして、問いかけをしてみたいなと。

 

これが、達成されるものなのか否か。

さて、どうなるのか、答えは、39日後に・・・お楽しみに。

 

さあ、さすがに、もう寝ようw

『アートとサイエンスは、役に立たないモノだ!』は本当か?

明けましたね、あっという間に、今日はもう3日という。

早いですね、時間が過ぎるのは。

 

おせちや雑煮を食べて、温泉に入って、昼寝して、

新しくDLしたKOEIの“信長の野望 大志編”のゲームをして・・・の

無限ループな正月三ヶ日を過ごして、ダレていますが、

そういう息抜きは相当に伸び伸びできて良いですね、心底ホッとします。

 

 

さて、タイトルの【アート】や【サイエンス】をテーマとして

様々な思考を巡らせてきた、この13年でした。

子供の頃から、昆虫博士になりたかった私は、

まさに【サイエンス】の分野で生きていきたいと思っていました。

大学教授だった父親の影響もあり、子供の頃から何の疑いもなく、

研究者として一生涯を過ごす、とある種の妄信的に信じていたのでした。

その夢が覚めるのは、大学4年生2005年4月(21歳の時)、

まさに大学院入試の直前1ヶ月前に、父が亡くなったことからでした。

 

父の死は、私に3つの意味を教えてくれました。

  • ①今の日本では、研究者として生きる道は狭く、険しく、厳しい
  • ②お金にならない研究は、やるべきことではない
  • ③人はいつか確実に死ぬ(人生は有限であり、やりたいことをやるべき)

 

①今の日本では、研究者として生きる道は狭く、険しく、厳しい

日本の研究論文の比率は年々少なくなっている、

そして、様々な研究予算も、国家予算ではなく、民間予算が賄っている、という。

国立大学は、東大・京大などの一部を残して、後の各県ごとの国立大学は、

独立行政法人化されて大学教授などの職は、国家公務員ではなくなりました。

また、様々な基礎研究を行う為の資金と人員は、年々厳しくなっているのです。

今まで以上に大学教員になるのは、より厳しい状況になっているようです。

より詳しくは、こちらのブログに良くまとまった図説があるので、ご参考までに。

日本の科学技術関連予算は減っていないけど、現場は何故大変なのか?

文科省のご意見:

国立大学の法人化をめぐる10の疑問にお答えします!:文部科学省

 

②お金にならない研究は、やるべきことではない

私の父は、発達心理学という子供の精神的な成長を研究していました。

『三つ子の魂、百まで』という古語にあるようなことを科学しようとしていました。

私は、昆虫生態学、また、分類学という、ある種の古典的な研究をしていました。

父の研究と同様に、金銭的な理由づけが難しく、非常に好奇心を満たしてくれる、

一方で研究資金を得難いという共通点がある分野でした。

 

逆に、お金になりやすい研究とは何か?

それは、犯罪心理学やカウンセリング、生化学のような所謂、

医療行為に近いものはお金になりやすいでしょう。

また、昆虫研究においては、バイオミメティクスのような

直ぐに生活に活かせるような応用生物分野はお金になりやすいでしょう。

www.amazon.co.jp

基礎科学の分野、好奇心旺盛な研究者の自由な研究というのは、

ますますやりにくくなっているのではないかと思います。

 

③人はいつか確実に死ぬ

何当たり前のこと言ってんだ?!と思われますが、

今の日本では、人の死があまり触れないもの、見ないものになっているかと思います。

親族の死や友人知人の死くらいしか、死を実感する機会はないでしょう。

道端に死体が転がっていちゃうような諸外国(東南アジアや南米など)とは違い、

日本ではとても良い環境だと思うのですが、死が非現実的なことに感じます。

父親の突然の死は、ある意味では、青天の霹靂だったのですが、

柔道をやっており、170cm以上で体重もかなりあった大柄の父親は

まず死なないだろうという存在で、いつまでも生きてると思っていました。

それが呆気なく、突然亡くなったのですから、ショックでした。

 

さて、タイトルの言葉は、アップル社の創業者、

スティーブ・ジョブスの言葉だそうで、この言葉には続きがあります。

“アートとサイエンスに対して、

その対照的な概念に、

デザインとテクノロジーがある。

アートとサイエンスは、『役に立たないモノ』だ。

一方で、

デザインとテクノロジーは、『役に立つモノ』だ。”

 

と、まあ、彼が本当にそのように言ったのかどうかは分かりませんが、

このコメントがある種のニュアンスを含んでいるでしょう。

本文引用:

アップルはアートとサイエンスをミックスして製品を作り上げているが、ライバル会社はまだそのことを理解していないと、ジョブズは2000年に語っている。「iMacを見ると、デザインが本当に素晴らしいと人々は思うでしょうが、それは単なる表面上ことでしかないのです」と述べている。

 

wired.jp

 

このような簡易的な図解で示して見ると・・・

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父の死後から、ある意味ではアートとサイエンスの分野から距離をおいて、

社会人として、ビジネスにおいて、役に立つもの=お金になるモノのみを

追求してきました。それが唯一、正しいことだと自分に言い聞かせて。

 

ただ、ある程度、ビジネスのイロハが分かるようになり、また、

社会人として、大人の世界に慣れてきた今日この頃になって、

漸く、この意味が実感を伴って理解ができるようになってきました。

 

『道徳なき経済は罪悪であ理、経済なき道徳は寝言である』

二宮尊徳翁の言葉

 

言いたいことがニュアンスは伝わったかな?と思うので、

そろそろ、尻切れとんぼ的にこの文章を終えようと思っております。

 

そして、そのアートやサイエンスがこれから更に栄えて欲しいという気持ちから、

明日から、ちょっとした実験を行いたいと思っています。

詳細は、また、後日追記します。

 

お楽しみに、では、そろそろ、晩御飯を食べてきます。